八景亭 滋賀県・彦根城 | 2006年8月・2013年5月・2015年5月訪問 |
八景亭は彦根城の東側の濠向うにあり、藩主の別邸として、一六七七年に工を起こし、七年で竣工したが、唐の玄宮園を模した庭で名高く、今は割烹旅館になつてゐる。近江百景自体がさうであるが、この庭も瀟湘八景に倣ってゐる。因みに瀟湘八景とは、平沙落雁、遠浦帰帆、山市晴嵐、江天暮雪、洞庭秋月、瀟湘夜雨、煙寺晩鐘、漁村夕照の八つを言ふのである。三島由紀夫「絹と明察」(講談社, 1964)
関が原から彦根へ出て、旧藩のころ欅御殿とよばれ藩主の下屋敷だった〔楽々園〕で夕飯をすまし、庭園〔玄宮園〕つづきの八景亭へ泊まった。彦根には、まだガスもひかれていず、水道もようやく近年通じたほどで、この旧態を濃厚にとどめた宿の一室にいると、われわれは、まったく百年前の空気にひたることができる。池波正太郎「近江の秋」(朝日文芸文庫「私が生まれた日―池波正太郎自選随筆集<1>」, 初出:「新年の二つの別れ」朝日新聞社刊, 1977)
そのころ、一人旅の若者が、旧井伊家の下屋敷だった〔楽々園〕や〔八景亭〕で食事どきに芸妓をよぶと、翌日には親切に彦根の案内をしてくれたりする。池波正太郎「近江・招福楼」(新潮文庫「散歩の時何か食べたくなって」)
知る人ぞ知る宿だ。なにしろ観光ガイドブックの類にはほとんど載っていない。しかも、ここに宿泊できるとは思えない茅葺き屋根の侘びた風情。それもそのはず、この日本家屋は、特別史跡・彦根城跡内の名勝「玄宮園」の中に佇む、築330年近い大名下屋敷をそのまま利用した料理旅館なのである。屋敷が池に浮かんでいるため、客室からの眺めは、タヒチの水上コテージにも似た不思議な浮遊感がある。大名庭園を愛でながら、殿様気分、お姫様気分が味わえる。こんな宿、おそらくほかにはないだろう。三好和義「楽園宿」(小学館, 2006)