金具屋 長野県下高井郡山ノ内町・渋温泉 2001年6月訪問

 長野駅から長野電鉄の特急で約1時間で終点の湯田中駅である。駅から金具屋までは2kmほどの距離があるが、夜間瀬川と支流の横湯川に沿って湯田中温泉・安代温泉・渋温泉の温泉街がほぼ切れ目なく続いており、歩いても苦にならない。
 金具屋は木造4階に宿泊できる旅館として名高い。宿泊施設の営業に必要な建築や設備の要件の記述は多くの法律・条文が絡み合って容易には理解できないが、ざっくり言うと、建築基準法により3階建以上の宿泊施設を新築する場合は建物全体を耐火構造とすることが必要で、新築ではなくて既存の木造建築であっても旅館業法や消防法の総合的な解釈により、3階以上の木造部分での宿泊営業は原則として許可されないようだ。そこで日本国内の木造3階以上の旅館では多くが宿泊室は2階までとして3階以上は食事室や宴会場としている。だが木造3階に宿泊できる旅館かなり存在し、木造4階に宿泊できるものも数例は存在する。どのような条件を満たせば木造3・4階部分での宿泊が営業可能なのかよくわからないが、大変に貴重なものであろう。

<金具屋> <登録有形文化財 斉月楼 大広間> <楽天トラベル> <Google地図> <地理院地図>

斉月楼4階
 本館(神明の館)屋上から見た斉月楼4階。正面手前(右)から203室(待月荘)、202室(香風洞)の2つの客室が並び、この写真では見えにくいが、その更に奥(左)に少し引っ込んで201室(長生閣)がある。手前の植栽は本館屋上のもので、地上から立ち上がっているわけではない。斉月楼正面の敷地は狭小で引きが取れないために地上からの4階建て全貌はなかなかうまく撮影できない。しかし引きがないために斉月楼の背後にある7階建て相当のエレベーター棟が視界に入らず、正面からの景観を良好にしているとも言える。
 この斉月楼は高い崖の前に建てられており、4階でも背後に山が迫っている。現在ではエレベーターのある新しい建屋(写真右上端の黄色い壁)で斉月楼と崖の間の空間はほぼ埋められていて、エレベーターは更に上の山の中腹に建てられた大広間まで通じているのである。すなわち各階とも山側では地面に近く、非常時には1階まで降りずとも地上への避難が可能となっていて、そのことは各部屋に掲出された避難経路図にも明示されている。これが木造3階・4階部分での宿泊が可能となっている一因でもあろう。

斉月楼長生閣
 閣と言えば楼閣のようなものを連想するが、ここでは斉月楼4階の一室である。長生閣の主室は10畳で、床の間や他の部屋とは独立した板敷の広縁もついている。肘掛け窓の外には高欄付きの回廊があるが、これは出入りできる性質のものではない。回廊には軒の下がりを修正するための斜材が立っているが、これは外観や室内からの眺望をそれほど阻害するものではない。
 長生閣は折上げ式格天井や花頭窓のような意匠の枠を持ったが印象的。襖の向こう側には4畳半の次の間があり、さらに2畳敷きと踏込の入り口がある。入り口横には小さなトイレもついている。入り口の外は他の客室や階段に通じる廊下で、床板などはなかなか立派なものである。斉月楼の廊下の意匠は遊郭風で、かなり派手と言えよう。
 当時の普通の旅館の客室にはあまり壁はなく、共通の廊下や広縁から障子をひらいて直接に客室に入るようになっていて、客室と客室の間も障子で区切られていた。これに対して斉月楼の客室は壁で仕切られ、踏込・前室・主室・独立の縁側という、現在では一般的な旅館の間取りだ。

長生閣からの展望
 周囲には温泉旅館などが立て込み、横湯川の谷底地形であることもあって4階でも眺望はそれほどよいとは言えない。手前には左の黄色い壁が金具屋本館(神明の館)、中央は古久屋旅館、左がいかり屋旅館のいずれも3階部分。
 対岸の段丘崖直下に建つRC8階建ては「北信濃ドリームハイツ夢の里」。建物の種類は全く違うが崖を背にする立地条件は斉月楼に似ている。 遠くの雲間に見え隠れするのは群馬県境・万座方面の山々であろう。

日本の佳宿