環翠楼 新潟県阿賀野市・村杉温泉 2025年5月訪問

 JR信越本線の新津駅から羽越本線に乗り換えて2駅目の水原(すいばら)駅が最寄り駅。ちょっと意外なのだが羽越本線は新潟駅を通っていない。新潟と秋田を結ぶ羽越本線の優等列車はすべて新発田駅から白新線経由で新潟駅へ乗り入れている。新津駅と新発田駅の間の羽越本線はまるで支線のような扱いで、優等列車の運行がないのはもちろんのこと、普通列車の本数も1~2時間に1本程度である。新潟駅からは新潟交通路線バス「新潟~水原線」もあるから、あわせて検討したほうがよい。
 水原から阿賀野市営バス(これまた本数は少なく1日5便程度)で30分ほどの村杉温泉(郵便局前)バス停で下車すれば、国道290号線に面した環翠楼の西入口はすぐである。西入口から旅館本館までは見事なが200mほどもつづき、村杉温泉の名の由来になっているとも言われる。村杉温泉は全国有数のラドン温泉として知られている。泉源は環翠楼の正門に隣接している。1号井は飲泉所になっていて手押しポンプで温泉をくみ取れるようになっている。ポリタンクを持って地元の人たちが多く訪れている。2号井は足湯になっており、泉源を眼前に見ることができる。3号井は240リットル/分の自噴があり、共同湯をはじめとして各温泉旅館への配湯元となっている。なお、当旅館は箱根の塔之沢および強羅にある環翠楼と関係はない。

<環翠楼> <国指定文化財 臨泉閣大正の間中広間> <楽天トラベル> <Google地図> <地理院地図>

臨泉閣
 環翠楼は温泉街中心地に6千坪(10,000m2超)の敷地を有し、その名前のとおり美しいみどりの森に囲まれた宿である。六つもの蔵を擁する旧家で当主は六蔵と称した。江戸末期より温泉宿を営み当初の宿名は「六蔵旅館」。
 環翠楼にはいくつもの「離れ」があるが、本館との間に回廊がなく完全に独立している建屋はこの臨泉閣だけである。明治後期の建築であり、旅館内では最も古い。当時の経営者の邸宅の一部であったのではないかとも想像される建物で、南側が古くからの池に面していることがその名称の由来であろう。

大正の間
 環翠楼の本館にあるフロントは、和風旅館にはめずらしく下足履きのままで対応する番台形式である。客はここで来意を告げるとすぐに案内係が呼ばれて、そのまま緑豊かな中庭を通って各客室の玄関に導かれる。チェックインやチェックアウトの手続きはすべて客室で行う。臨泉閣以外は本館と回廊でも接続されており、雨天や夜間でも本館の売店、談話室、喫煙室などは気楽に利用できる。
 村杉温泉は大正3年(1914)に全国でもトップレベルのラドンが含有されていることが明らかにされ、その後ラジウム温泉の薬効が広く知られるようになった。この「大正の間」は、その時期の湯治客の急増に対応して建てられたものであろう。中央の玄関と階段室の左右に各階2組、合計4組の客室がある。大正の間の浴室は共用だが、2つの大浴場と1つの貸切風呂があり、その利用には余裕がある。

中広間
 寺院のような重厚な寄棟屋根が特徴的。昭和43年(1968)の建築とは思われないほどの風格である。令和3年(2021)に登録有形文化財に登録されている。詳しく調べたわけではないが登録有形文化財の建築物(指定基準としては原則として建設後50年を経過したもの)の中ではかなり若齢で登録された事例ではないだろうか。18畳1間、12畳1間および6畳3間を有する。畳廊下で大正の間と連結するが、大正の間からの入り口は閉鎖されていて、宿泊室としては使われていない。

19番・20番客室
 「大正の間」の建物の正面玄関から見て右側1階の客室である。手前の玄関寄りが19番、奥の20番である。昔は襖を隔てて2組の客をとることもあっただろうが、現在ではこの2部屋で1セットである。旧来の20番側の廊下は新設された洗面所とトイレになっていて、手前の19番を通らなければ奥の20番にアクセスできない。この2部屋のあいだの欄間には亀の透かし彫りがほどこされており、2部屋をあわせて「亀の間」とも呼ばれる。食事は夕食朝食ともに20番でいただき、チェックインからチェックアウトまで客室で済ますことができる。

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